水曜鳥獣劇場


『Heyo,house!』って知ってます?
日本語では『コンチワ、家どん!』です。
月曜蛙劇場『おたまじゃくる』の話ですっかりおなじみの、アーサー・ビナードさん訳による南北戦争時代の民話集『アンクル・リーマス』の物語のひとつ。
主人公の頭のよい兎と兎を食べようとする狼の話です。
それをちょっぴり短くして紹介します。


ある日の昼下がり、兎が家を空けたとき、しめしめとばかりに狼は兎を食べてやろうと家の中で待ち伏せしました。
兎はいつも掛け金の掛けてあるドアが少し開いているのに気づきましたが、レンガの壁に耳を当てたり、窓の下にしゃがんでじっと耳をすましてみても、物音ひとつ聞こえてきません。
さてと、口ひげをこすりこすり、兎は考えました。
たいていのやつは、このへんでシビレを切らして家の中へ突進するのでしょうが(そして二度と出てこないのでしょうが…)、兎は違いました。
兎は「水車池にだれがおっこちたか、べつに自分まで飛びこまなくたって、調べようがあるさ」と考え、庭の柿の木の枝に腰を掛けて大きな声でこう呼びかけました。
「おおい、家どん!コンチワ!」
家はもちろん答えやしません。
こっそり家のドアの後ろにかくれている狼も、だまったままです。
「おおい、家どん!コンチワ!」
また大声で兎がいいました。
「おおい、家どん!“コンチワ”って返事しないのかい?」
やはり家はだんまりしています。
しかし、ドアの後ろの狼は、家の中をきょろきょろ見まわし、背中がむずむずしてきて、なんだかじっとしていられません。
もっと大きな声で、
「おおおい!家どん、コンチワ!コンチワっていえばぁ!」
狼の背中のむずむずが、寒気に変わりました。家に話しかけるなんて、こんなの生まれて初めて聞きましたから。ドアのすき間から外をのぞいてみますが、だれも見えません。
「おおい!どうしたんだい?家どん、おまえはもともとあまり愛想のいい家じゃなかったけどな。でもあいさつは、いつも行儀よくかわしていたんじゃないか。おおい!」
狼はそわそわ、どうにも落ちつかず、全身をくすぐられるような気持ちになりました。
兎はまた大声を張り上げ、それから、ひとりごとのように、
「おかしいぞぉ。ずっといままでは、あの家に“コンチワ”って声をかければ、いつも“コンチワ、兎どん”って、きまって返事してくれてたのに…どうも、ようすがへんだなぁ」
少しして、兎はもう一度、
「家どん、おおい!コンチワ!」といいました。
するとさっきから、もし家が声を出すとしたらどんな感じかと、いっしょうけんめい考えていた狼が、ちょっと咳ばらいをして、なるべく家っぽい声色で、
「コンチワ、兎どん」と返事をしました。
すると兎は自分で自分にウインクして、
「おおい、家どん、いつも大風邪をひいてるみたいなしわがれ声なのに、きょうはずいぶん雰囲気が違うんだね」といってみました。
それを聞いて狼はあわてて、声をできるだけからしてハスキーにして、
「コンチワ、兎どん!」とくりかえしました。
兎はもう、がまんできなくて大笑いしました。
「ハッハッハッ!狼どん、そんなんじゃダメだなぁ。ハッハッ、冷たい雨の日におまえ、家みたいにずっと外に立ちっぱなして、ずぶぬれになって、そいでもう一度声を出してみるがいいよ、ハッハッハッ」
はずかしそうな、いじけたような顔つきで、狼はドアの後ろからすっとでて裏庭へまわり、わき目もふらずに自分の“家どん”までかけて行ったそうです。
それから長い間は、家の中でも外でも、兎が待ちぶせされることはなかったそうです。


めでたし、めでたし、ですね。
教訓を含む知恵比べの民話はたくさんありそうです。
ちょっとしたお話の中にも深い真理が隠れていたりします。
この『Heyo,house!』、みなさんはどう解きました?

 
*** 明日は『木曜森劇場』です。お楽しみに! ***
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資料:「日本語ぽこりぽこり」アーサー・ビナード著[小学館]
【たにのき】