星野への朝
小雨の降る、薄暗い朝。
ボクは電話の着信音で目を覚ました。2度目の目覚めであった。
1度目の目覚めは6時半。
いったん目を閉じるていると電話が鳴った。
相手は辻さん。
なんでこんな時間に電話がくるんだろ?集合は8時だったよな。何かあったのかな?
電話に出る。
「もしもし。」
「あ、たにのきくん。今日は星野村に行くんだよね。」
もちろんそうだ。今日は星野村の棚田の畦塗りをするイベントの日。寝る前に天気予報も確認済みだ。
ん?
でも、ちょっと待て。
ボクはハッとした。この内容の電話って…
恐る恐る尋ねてみた。
「えっ??今、何時ですか?」
「え?8時だよ。」
「え"ぇ〜!!8時?!」
そんなバカな!さっき6時半だったじゃないか!!何があったんだ?この空白の1時間半に??
寝過ごしてた!!!!
信じられない。遅刻を告げる電話か…!1年ぶりくらいだな…って、おいっ!しみじみと感じ入ってる場合じゃないぞ!
星野へ向かうバスはボクの到着を待っていてくださるそうだ。急がねば!
昨日の昼に取り込んだ洗濯物の山から、タオルとT-シャツとを引っ張り出し、ズボンをはいていざ出発!
いやいや、ちょっと待て。今日は田んぼに入るんだぞ。短パンが要る!デジカメもじゃん!!
よし!行こう! あ、待った! 今日は小雨じゃん。雨具!雨具!
ジャンバーを山からほじくり出してリュックに詰めてやっと出発!
速い速い。全速力で大学へ向かう。
傘なんかさせるか!
申し訳ない!スタッフが遅刻とは…。ありえない。
タイムロスは最小限に抑えなければ!
脚、腕に乳酸をためながら何とか到着。
8時10分!電話に出たのが8時2分、目覚め(2度目)てから8分で学校まで来てしまった。
最高記録だ!!喜べねぇ…。
いやいや、なんともどたばたの始まりだったが、星野の棚田は、そんな失敗なんて軽く吹っ飛ばす存在感だった。
水を湛えた山の棚は、まるで滝のようだった。
滝の中腹に立つと、昼前から見え出した青空が吹き出す初夏の風に包まれた。
畦塗りを指導してくださったおじいさんの手つきに感動し、傍を泳ぐドジョウを捕まえ興奮し、若竹で剣を作って童心に帰った棚田との1日だった。
棚田の石積みをした冬。
そして、棚田の畦塗りをした梅雨。
ボクはなんて貴重な体験をすることができたのだろう。
棚田の風に吹かれたとき、この環境にあることに感謝した。
温泉にも入ったし、後は日本対クロアチア戦に備えるだけだ。
日本代表には頑張ってほしい!
どんなに脚、腕に乳酸がたまっても、ロスタイムまで油断せず、あきらめず頑張ってほしい!
キックオフは10時。
その前に、睡魔との闘いが待っている。
絶対に負けられない戦い。
勝たねばならない戦いだ!
2度も負けられぬ。
【たにのき】